詩集『絶体絶命』(土曜美術社出版販売、2022年5月30日刊)のアマゾンレビューに加えて、3pacさんがCD『絶体絶命』(2022年7月17日リリース)について、次のような追加レビューを書いてくれた。ありがたくも、すごい内容。
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追記:CD版レビュー
当CDがリリースされた時期は、詩集「絶体絶命」が出版された頃より世界は混迷を深めている。先行きの暗い世相となり、闇夜に包まれた。人間だけでなく、天も地も絶体絶命の状況である。
追い詰められた動物の本能がそうであるように、絶体絶命下において芸術家はエモーションを様々なかたちで表現する。ミュージシャンを例に取ろう。パンクやメタルでは早さ激しさや怒りで感情をぶつける。ヒップホップでは放散する情念を韻に落とし込む。テクノでは男性的な秩序を構築し、ハウスでは女性的な情緒を包む。
それでは、鎌田氏はどうか。氏は爆裂する魂の叫びの中に、暖かみを感じさせる。このような世相において明るく情緒を放射している。闇夜を切り裂く、朗らかな愛。それでいて、シリアスな緊張感を保ち合わせている。8曲目の「北上」や11曲目の「メコン」にはドキリとするような情景や響きが込められている。このスリリングな両面性こそが当CDの醍醐味であり、詩集では味わえない不思議な音楽体験である。本作品には古希を迎えた鎌田氏の近年の仕事が凝集されているように思える。氏の名著『ケアの時代「負の感情」とのつき合い方』や『歌と宗教』で述べられていたことが具現化されている。
確かに本作では、詩集に現れていた世界への絶対的な愛をより鮮明に感じ取ることができる。鎌田氏による「明るい世直し」であり、暖かさと愛を真空パックに詰め込んだ霊界の通信販売であり、異界のフォークソングである。5曲目の「ふんどし族ロック」や細野晴臣氏を迎えた12曲目の「銀河鉄道の夜」を聴くとその情緒を感じる。有無を言わさぬ絶対爆発。この世界、宇宙にちりばめられた「まことのさいわい」への確かな信頼がなければこのような唄は唄えない。
だがしかし、世直しは一直線に明るさだけでは成り立たない。光は闇があってのものだ。闇を隠したままの光は不自然であり、いずれ蓋をして溢れたより濃い闇に飲まれるだろう。まずは絶体絶命の状況と直面し、認識することだ。闇に触れることだ。ほんとうの光が刺すのはそれからである。鎌田氏の音と言葉は己や世界と向き合わせる力がある。暗闇に潜り、その深淵を覗き込み、深海や宇宙空間に放り出される。そこで一度フラットな状態に戻る。そこからトランスフォームがはじまる。本作品を聴き、世界や自分と向き合う過程で、内面を深く抉る瞬間や、無意識の根幹を掘り下げる時間もあるかもしれない。しかしその変容のプロセスすべてを包み込む愛を感じる。「まことのさいわい」への確信がある。人と、人にあらざるもの、それを取り巻く空間や空気まで沁み渡す鎮魂歌である。鬼神を泣かしむ、縁の行者による天下の御祈祷である。アンビエントや環境音楽は家具のような音楽を目指したものというが、それとは対極にある音楽だ。きちんと向き合う姿勢が必要だろう。いや、否が応でも付き合うことになる。
それはアルバムジャケットにも見て取れる。氏のこれまでのアルバムにはなかったシンプルでモノトーンなCDジャケット。写真たち。「天気は死に」「絶体絶命」世界を彷彿させ、凄みと迫力と冷やりとした美を感じる。絶体絶命の中、いちど世界をリセットしたあとに立ち上がる始原の風景かもしれない。そこから詩が生まれる。これから彩られる世界のプレリュードであるのだ。
本は自分のペースで読むことができ、詩の中にあるリズムを自分で掴む一方、CDに収録されている音楽では氏のリズムに勝手に同調することができる。世界はリズムに満ちているが、生きとし生けるものはそれを把握するためにさまざまな営みを行う。月の満ち欠けと月経のリズムはシンクロしている。太陽光によって生命の体内リズムが調整される。詩人は詩を読み、歌人は歌を歌う。草木も花も、鳥も虫も歌を歌う。細胞も歌う。そして各々が掴んだリズムこそがその人固有の世界との関係性である。本作品における鎌田氏が表現したリズム、それは即ちこの氏の世界の解釈である。その世界観にシンクロすることができる。本とは異なる次元へあなたを連れて行ってくれるだろう。朝の前には夜、光の前には闇、愛の前には恐れ、受容の前には抵抗。万物創生の前には絶体絶命がある。善と悪、陰と陽、シリアスとコミカル、緊張と緩和、交感神経と副交感神経、バッドとグッド、意識と無意識。その全ての流れを経て、「それらはひとつでふたつ」であることを実感するだろう。而二不二。まさに南方熊楠と宮沢賢治を研究する鎌田氏によるスペースオペラである。
稲垣足穂は「詩は歴史性に対し垂直に立つ。」と言った。詩人は世相をいち早くキャッチし、いま必要なこと、言わざるを得ないこと、言わなくてはならないことを表現する。水平な思考回路では解決できない複雑な問題が絡み合っている現代。鎌田氏は銀河の果てまで垂直に飛んでいる。そこでダウンロードした音と言葉。なぜこのCDがこのタイミングでリリースされたのか。答え合わせの日は遠くないだろう。
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